2017/05/14

母の日・・・起源は亡くなった母を偲んだこと

今日は「母の日」ですね。

母の日の起源をご存知でしょうか?元々はアメリカ人のアンナ(Anna Jarvis)が「亡くなった母」を偲ぶ記念会だったそうです。

話は南北戦争中にさかのぼります。

アンナの母であるアン・ジャービス(Ann Jarvis)は、ウェストバージニア州で敵味方を問わず負傷した兵隊さんを助けるために「母の仕事の日」(Mother's Work Days)と名付け、地域の女性を結束させた人物だったそうです。

ジャービスの死後2年経った1907年5月12日、その娘のアンナが亡き母を偲び、母が日曜学校の教師をしていた教会で記念会を行い白いカーネーションを贈ったのが、日本やアメリカでの母の日の起源とされています。

アンナの母への想いに感動した人々は、母という存在の大きさ・大切さを再認識し、1908年5月10日に同教会に470人の生徒と母親達が集まり最初の「母の日」を祝ったのだそうです。この時、アンナは参加者全員に母親が好きだったという白いカーネーションを手渡したことから、白いカーネーションが母の日のシンボルとなったそうです。元々カーネーションは、十字架にかけられたキリストに聖母マリアが落とした涙から咲いた花だと言われています。母性愛の象徴とも考えられているそうです。

1914年に「母の日」はアメリカの記念日になり、5月の第2日曜日と定められたそうです。

日本では1913年に青山学院で「母の日」の礼拝が行われ、アンナからメッセージが届き、当時の女性宣教師たちの熱心な働きかけで「母の日」が定着していくきっかけになったのだそうです。また、1937年に森永製菓が告知を始めたことが広く知れ渡るきっかけになったとも言われています。

母の日2017

私の母は7年前に63歳で他界しました。毎年、お仏壇にお花を飾りますが赤いカーネーションです。7年たっても白いカーネーションを贈る気持ちになれないのです。「母親」って本当に特別な存在です。母が亡くなって、一層その思いが強くなりました。元気なうちにもっともっと感謝の気持ちを伝えておけば良かったな。。。そんな後悔が後を絶ちません。母の日のプレゼントを手渡せる人が羨ましいです。親孝行は生きているうちにやるべきです。元気で動けるうちに、旅行や温泉に連れて行ってあげるべきです。母が今も元気で生きていてくれたら「女二人旅」で高級旅館に泊まって美味しいものをたらふく食べたかった(笑)


ちなみに先程、テレビでニュースを見ていたら、母の日に贈りたいプレゼントNO.1は「お花」。母の日に貰って嬉しいプレゼントは「休暇〈家事)」だそうです。

「母の日」にどうぞ感謝の気持ちを伝えて下さい^^

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コメント

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No title

母親にちなんだ話し
良い内容でした。
キリストと聖母が出てきた話もです。
私の両親は長子である私が10歳、
末の弟が3歳の時に離婚して母親って
存在を知りません。
母のない子になったなら誰にも愛を話せない
という歌詞の唄が反射的に脳裏によぎる
のは誰にも愛を話せず心を人前で閉じた
私そのものだからなのかもしれません。
悩み迷い苦しみがあっても誰にも打ち明けて
相談する相手がいないのは空しいですが
母親がいたとしてもそれが可能かどうか
は別だけどいないよりいた方がいいとは思います。
子供一人育てるのは犠牲の何者でもなく
大変な事だろうと根が怠け者の私は
心から思います。

母の愛情

ブックマークさん、いつもありがとうございます。

人それぞれに人生があって、愛情の形もさまざまですね。

そんな中でどんな人にも産みの母親が一人居る。
逆に言えば、たった一人しか居ない。
「お腹を痛めて」産んでくれた唯一無二の存在でしょうか?

私は母に沢山の愛情を注いでもらったと感謝しています。

しかし残念ながらといいますか、愛情を注ぐ存在には恵まれず。
子供を育てるのはある意味犠牲なのかもしれませんが、
それ以上のものを得られたのではないかと妄想します。

結果、行き場のない溢れんばかりの愛情をメイ君に注ぎ、
「しつこい!」と猫パンチを喰らう毎日です(-_-メ)